電気史偉人典では電気の歴史に名を残す偉人たちを紹介しています
[金属] エジブト古王国時代。遺跡から隕鉄製とみられる鉄製装飾品が発掘されている。
[磁力] 中国の黄帝が「指南車」をつくる(古代伝説)。小アシアに建国したヒッタイトが鉄製武器を携えてメソポタミアに侵入。鉄器はやがてエジプトにも伝わる。このころすでに天然磁石は発見されていたとも推定されるが記録に残っていない。中国で殷王朝成立。
[金属] ギリシャ世界も鉄器文明に移行。
[金属] 中国の青銅器文明の絶頂期。
[静電気・磁力] 古代ギリシャの自然哲学の祖ターレスが、天然磁石および琥珀の性質について言及。天然磁石がこのころまでに発見されていたのは確実。ギリシャ語で琥珀のことをエレクトロンといい、後にエレクトリシティ(電気)と呼ばれるようになる。
[金属] 中国で青銅器に加わり、鋳鉄も使用される。エンペドクレスが土・空気・水・火の四元素説を説く。
[磁力] デモクリトスが古代ギリシャの原子論を大成。プラトンの「イオン」に磁石に関する記述、「ティマイオス」に琥珀の摩擦電気に関する記述。アレクサンドロス大王の東方遠征。以後、アレキサンドリアを中心にヘレニズム文化の開花。万学の租アリストテレスが、「霊魂論」で磁石について言及。このころの日本の縄文時代遺跡から鉄器断片が発掘(渡来品とみられる)。
[磁力] 中国の「呂氏春秋」に慈石(磁石)という言葉が現れる。(慈石に対する注に「石鉄之母也。以有慈石、故能引其子。石之不慈者、亦不能引也。」との記載がある)。中国で焼き入れした可鍛鋳鉄の製造が行われる。輸入鉄により日本で鉄鍛冶が始まる(弥生時代遺跡の鍛冶炉)。エラトステネスが地球の大きさを算定。
[金属] メソポタミア起源の占星術と融合し、このころエジプトで錬金術が創始。中国に国営製鉄所がつくられ、鋳鉄が広く使用される。
[磁力] 中国の「准南子」に天然磁石および百錬法(製鋼法)の記述。ローマのルクレティウスが「物の本性について」の中で、磁気の作用を原子論的に説明。
[世界史背景] ローマのエジプト併合によるヘレニズム時代の終焉。帝政ローマの発足。
[磁力] 磁石にまつわる迷信・俗説が紹介されているプリニウスの「博物誌」完成。(ローマの医師・薬物学者ディオスコリデスの「薬物誌」に天然磁石の薬効が記載)中国の「論衡」に「指南之杓が南を指す」という記述がある。
[磁力] 中国後漢時代に磁針を水に浮かべ、南北の方位目標に使われる。
[静電気・磁力] 中国の史書”三国志”で「琥珀塵を吸うも戯れを吸わず、磁石針を吸うも曲を吸わず」ということわざが出典される。
[金属] スカンジナビアにこの時代の溶鉱炉跡。アラビアの錬金術師ジャービル・ブン・ハイヤーン(ラテン名、ゲーベル)の「錬金素完成大全」。
[磁力] 磁石の記述のある日本最古の文献「続日本紀」完成。「和銅六年(713年)、近江国から慈石を献上した」と記載されている。
[磁力] 「日本霊異記」に磁石が鉄を吸うことの記述。アラビア錬金術の発達。
[磁力] 中国の地相占いの中の羅針盤の図に、偏角とみられる目盛りの表示。
[磁力] バイキングによるアメリカ大陸の発見。当時、バイキングは天然磁石による羅針盤を使用していたともいわれる。中国の「武経総要」に指南魚(羅針盤のルーツ)の製法。中国の「夢溪筆談」に、鉄針を天然磁石で磁針にする方法、磁針が南を指さず東にずれること(偏角)などが記載。
[磁力] このころの中国の文献(”萍州可談”、”東京夢華録”など)に、羅針盤に関する記述が頻出。
[磁力] ドイツのヒルデガルトの「自然学」に宝石治療として磁石の効用が記載。
[磁力] ヨーロッパで磁針の指極性を利用した航海の最古の文献であるイギリスのネッカムの”自然について:デ・ナトゥリス・レルム”が発刊される。
[磁力] ヨーロッパで羅針盤の使用、海図の作成がさかんになる。
[磁力] アラビアの百科事典”万有学:アル・カズウィーニー”に、インド洋に磁石島があると記載。
[磁力] フランスのペレクリヌスが、磁石についての初の科学的論文”磁石について”を著す。
[磁力・金属] 俗説では1303年、イタリアのアマルフィで羅針盤が発明。ヨーロッパで鋳鉄が普及。
[磁力] イタリアのジォイアが磁気コンパス(羅針盤)を作る。
[磁力] イタリアのコロンブスが新大陸発見の航海中に地磁気に偏角があることに気づく。その後、緯度によって伏角が異なることも発見。
[日本史背景] (慶長5年)関ヶ原の戦い。豊臣秀吉の死後、次第に勢力をのばした徳川家康をおさえようと、石田三成が西国の豊臣系の大名を集めて、家康や反石田派の大名と戦った。戦いは家康側の勝利に終わり、この戦いによって徳川氏の覇権が確立した。戦後三成は殺され、三成に味方した多くの大名は国替え・取りつぶしとなった。豊臣氏も大阪付近の60余万石を領地とする一大名に転落した。このため、俗に「天下分け目の戦い」といわれている。
[磁力] イギリスのハドソンが地磁気の北磁極点を発見。
[ヨーロッパ時代背景] ~1648年。30年戦争。ボヘミア・ファルツ戦争(1618-23)、デンマーク・ニーダーザクセン戦争(1625-29)、スウェーデン戦争(1630-35)、スウェーデン・フランス戦争(1635-48)の4つを総称して30年戦争といわれている。プロテスタントとカトリックとの間で展開された宗教闘争に名を借りた民族対立の様相を呈していたが、ヨーロッパにおける覇権を確立しようとするハプスブルク家と、それを阻止しようとする勢力との間の権力闘争として発展していく。
[北米大陸時代背景] イギリスの清教徒がメイフラワー号でアメリカ大陸に移住。
[日本史背景] (寛永10年)鎖国の開始。幕府は朱印状だけでなく、老中発行の奉書がない貿易船の渡航を禁止。さらに、在外5年以上の日本人の帰国も禁止。この時点では、外国船の日本への来航は禁止されていない。翌年、島原の乱が勃発し幕府はこの乱の背後には布教活動を援助したポルトガル人がいたと判断する。ポルトガル船の来航禁止、そしてポルトガル人の国外追放を断行する。後にオランダ・イギリスにも枠が広げられ、混血児とその母親である日本人女性も国外追放とする。1641年にオランダ商館を長崎出島に移し、オランダ・中国(清)の2国だけに貿易ができる形とした。
[科学史] ガリレオ・ガリレイの宗教裁判。”天文対話”は禁書にされ、以後ガリレイは軟禁生活を余儀なくされる。約350年後の1979年、ローマ教皇は公にガリレオ・ガリレイ裁判が過ちであったことを認めた。
[磁力] イギリスのジェリ・ブランドが地磁気の偏角が経年変化することを発見。
[イギリス時代背景] ~1649年。清教徒革命。チャールズ1世の専制政治に下院が反抗、1642年、国王派と武力衝突して内乱となった。議会派のクロムウェルが清教徒の新式軍隊をつくり、国王派をやぶって1649年に王を処刑し、共和国をたてた。1658年クロムウェルが死ぬと、1660年には王政にもどった。
[計算機] パスカルが歯車を利用した加算機を試作。
[静電気] ゲーリッケが硫黄の球を回転させる摩擦起電機を発明。1709年頃からはガラス球を使用するようになる。
[イギリス時代背景] 名誉革命。清教徒革命のあとイギリスでは国王の支配が復活したが、国王が勝手な政治をしたため議会は国王の娘メアリーとその夫でオランダ総督のウィリアム3世に救援を求めた。メアリーとウィリアムが上陸すると先王は亡命、無血のうちに新王となったウィリアム3世は権利宣言と権利章典をみとめた。
[北米大陸時代背景] ~1697年。ウィリアム王戦争。欧州の大同盟戦争に対応する北米大陸における最初の植民地戦争である。オーストリア、スペイン、オランダ、スウェーデンなど欧州諸国はルイ14世の拡張主義に対抗するためアウグスブルク同盟を結成し、名誉革命によって即位したウィリアム3世が1689年同盟に参加したことによって「大同盟」と呼ばれた。
[ヨーロッパ時代背景] ~1721年。大北方戦争。スウェーデンとロシア・デンマーク・ノルウェー・ザクセン・ポーランドなどとの戦争。
[ヨーロッパ時代背景] ~1714年。スペイン継承戦争。スペイン王位継承問題に起因するフランス・スペインとオーストリア・イギリス・オランダとの戦争。スペイン・ハプスブルク家のカルロス2世は虚弱体質で子孫が生まれることを望めなかった。カルロス2世は1700年11月に突如崩御したが、その遺言書にはフランス王孫フィリップに位を譲る旨が記されていた。これはルイ14世の画策によるものであるという。オーストリアはフランスの勢力拡大を恐れるイギリス、オランダと対フランス大同盟を結び、フェリペの即位に反対してフランス・スペインに宣戦布告した。
[静電気] グレイが電気を通す導体と電気を通さない絶縁体があることを発見。
[ヨーロッパ時代背景] ~1748年。オーストリア継承戦争。神聖ローマ帝国の継承問題を発端に、ヨーロッパの主要国を巻き込んだ戦争。カナダやインドで英仏間の戦争にも発展した。神聖ローマ皇帝カール6世は男系後継者を亡くし、娘のマリア・テレジアにハプスブルク家領(オーストリア)を継がせるため女子の相続を認める国事詔書を出す。しかしルイ15世のフランス宮廷は、ハプスブルク勢力を弱体化させる絶好の機会として背後で画策したためオーストリアと周辺諸国の間で戦争となった。
[静電気] クライストが蓄電びんを発明。
[静電気] フランクリンが避雷針を発明。
[静電気] キャベンディッシュが2枚の電極の間の絶縁体の種類によって蓄電量(静電容量)に差があることを発見。
[アメリカ時代背景] ~1783年。アメリカ独立戦争。イギリス本国と、アメリカ大陸東部沿岸の13のイギリス領植民地との戦争である。この戦争の結果イギリスの植民地13州が独立し、アメリカ合衆国が成立した。アメリカの植民地人をして独立を志向させた本国による課税の原因は、フレンチ・インディアン戦争 (1754-63) による財政危機だった。本国からの理不尽な税制にたいし不満は高まっていった。
[静電気] ボルタが静電誘導の実験に使用する電気盆を考案。電気盆は金属板をエボナイトで覆ったもので、ボルタはその後、金属板を2枚、間隔をあけて平行に置いたものをコンデンサ(蓄電器)と呼んだ。
[静電気] 平賀源内が長崎に輸入した摩擦起電機が壊れていたので修理して使用した。
[静電気] ベネットが金箔検電器を発明。
[フランス時代背景] ~1794年。フランス革命。フランスで起きた市民革命。絶対君主制が続いていたフランスが近代市民社会形成の先駆けとなった事件であり、世界史上に大きな影響を残した。ブルボン朝政府、特に国王ルイ16世はこれを緩和するために漸進的な改革を目指したが、特権階級と国民との乖離は埋まる事はなかった。1789年7月14日のバスティーユ襲撃を契機としてフランス全土に騒乱が発生し、王政は崩壊した。
[ヨーロッパ時代背景] ~1815年。ナポレオン戦争。ナポレオン・ボナパルト支配下のフランスと、イギリス、オーストリア、ロシア、プロイセンなどのヨーロッパ諸国との戦争。ナポレオン戦争はフランス革命後の混乱期に始まった。フランス軍を率いたナポレオンは一時期ヨーロッパの大半を征服したが、半島戦争とロシア遠征で敗退しワーテルローの戦いにおいて決定的敗北を喫した。1815年11月20日の第二次パリ条約の締結をもって戦争は終結。戦争の結果ナポレオンは失脚した。
[照明] ~60年。フランスのグローブ、アメリカのファーマー、スワンらが、白金線や炭素線電球を試作する。いずれも短寿命で実用にならない。
[磁力・発電機・電動機] エルステッドが電流の磁気作用を発見。
[磁力] アンペールが電流と磁力の関係を示す”右ねじの法則”を発表。
[磁力・発電機・電動機] スタージョンが軟鉄に導線を巻いて電流を流し、電磁石を作る。
[電池] フランスのベックレルがボルタ電池は電流をしばらく流し続けると電流が取り出せなくなるのは分極作用によることを発見。
[磁力] ドイツのフンボルトが地磁気の緯度変化を測定。
[フランス時代背景] 7月革命。1815年の王政復古により、王位に就いたルイ18世は、フランス革命による成果を全く無視して、時代錯誤も甚だしい反動的な政治を行った。革命により1815年の王政復古で復活したブルボン朝は再び消滅した。ウィーン体制により構築された正統主義は部分的に崩壊し、ブルジョワジーの推すルイ・フィリップが王位に就いた。ここにフランスにおけるブルジョワジーによる市民革命は一定の成果を持って終結した。
[発電機・電動機] ファラデーが電磁誘導現象を発見。
[磁力] ガウスが磁気の強さを長さcm、質量g、時間secで定量的に表す。
[発電機・電動機] ピクシーが手回し直流発電機を発明。
[発電機・電動機] レンツがレンツの法則(電磁誘導による起電力の向き)を発表。ロシアのヤコビが電磁石を用いた直流電動機をつくる。その後、イギリスのデビドソン、アメリカのダベンボートなども電動機を作ったが、電源か電池のため短時間しか運転できず実用化されなかった。
[計算機] イギリスのバベジがバンチカードを使用して、データや命令を歯車式記憶装置に入力する解析機関を考案する。パンチカードは1805年にフランスのジャカードがカードにいくつもの小さな穴をあけ、それで織物機を制御して模様を織ったのが始まり。
[電信・電話] イギリスのクックとホイートストンが5針電信機による電信会社を設立。
[電池] イギリスのグローブが水素と酸素の反応中に電流が生じることを発見。実用化されなかったが燃料電池の実験を実施。また、グローブ電池(正極-白金、消極剤-硝酸、負極-亜鉛。電解液-希硫酸)を発明。
[電信・電話] グレートウェスタン鉄道がロンドン・ウェストドレイトン間21kmに5針電信機を設置し、運用を開始。
[イギリス時代背景] ~1842年。アヘン戦争。清とイギリスとの間に1840年から2年間行われた戦争で、南京条約をもって終戦とした。名前の通りアヘンの密輸入が原因となっておきた戦争である。イギリスはアメリカ独立戦争の戦費調達や産業革命による資本蓄積のため、銀の国外流出を抑制する政策をとった。そのためイギリスは清へ輸出出来る物品として植民地のインドで栽培させたアヘンを仕入れ、これを清に密輸出する事で超過分を相殺し三角貿易を整えることとなった。
[電池] ドイツのブンゼンがブンゼン電池を発明(正極-炭素、負極-亜鉛、電解液-希硫酸、消極済-強硝酸)起電力は1.9V。
[電池] ドイツのブンゼンがブンゼン電池の消極剤を重クロム酸カリとした起電力2.2Vの重クロム酸電池を発明。
[電信・電話] イギリスのクックとホイートストンが5針電信機を2針式に改め、2年後には単針回転文字指示形とする。
[電信・電話] アメリカ政府がワシントン・ボルチモア間の電信施設を3万ドルでモールスに発注。
[テレビ] イギリスの時計技師、アレキサンダ・ベインが振子式水平走査画像電送装置を考案。ファクシミリやテレビジョンの画像、映像を水平走査して電送する。
[磁力] ファラデーが物質は磁石に吸引される強磁性体以外のものは、反磁性(磁界中に置いたとき、その磁界どおりに帯磁しない)のものと、常磁性(磁石に吸引されないが磁界どおりに帯磁する)のものに分類されることを発見。
[静電気] イタリアで錫箔とマイカを交互に重ねたマイカ・コンデンサが作られる。その後、紙コンデンサや磁器コンデンサ、可変容量コンデンサなどが作られたが、現在、イギリス、アメリカ両国では凝縮器(Condenser)と紛らわしいことから蓄電器をCapacitorと呼んでいる。
[電信・電話] 1月1日。ワシントン~ボルチモア間の電信施設完成。モールスは「神がつくり給いしもの」という開通メッセージをワシントンからボルチモアヘ、短点(・)と長点(-)を組み行わせたモールス符号で送る。
[電信・電話] イギリスで電信事業は民営とする電信会社法が制定され、クックとホイートストンはエレクトリック・テレグラフ社を設立。フランスは45年に電信事業を民営とすることを決め、その後、オーストリア、ドイツ、ハンガリー、ベルギーなど、ほとんどの国が国営で電信事業を始める。
[電信・電話] モールス電信の受信機を音響式に改善し、通信時間を短縮する。
[電信・電話] アメリカ政府が電信事業を民営で行うことに決定。ワシントン~ボルチモア間の電信施設を民間業者に払下げる。
[テレビ] イギリスのベークエルが円筒式画像走査方法を考案。振子式走査より短時間で画像の明暗を電気信号に変換することができるので、ファクシミリに実用されるがテレビにはまだ走査に時間がかかり過ぎるので利用されなかった。
[電信・電話] (嘉永3年)佐久間象山がオランダの百科全書を参考に電信機を試作。
[海底ケーブル] 8月、イギリスのブレッド兄弟はイギリス・ドーバー~フランス・カレー間海峡に海底ケーブルを布設し英仏間の電信に成功したが、翌日トロール網で海底ケーブルが切断された。フランスの漁夫が”金色に光る珍しい海草がとれた”と、その一部を家に持ち帰ったため不通となる。ケーブルは1.65mmの4本の銅線で作られていた。翌年前述のケーブルを7mmの亜鉛引き鉄線10本に外装して布設し直す。
[磁力] ウェーバーが磁気分子説によって磁気現象を解明する。
[ヨーロッパ時代背景] ~1856年。クリミア戦争。フランス、トルコおよびイギリスを中心とした同盟軍とサルデーニャ対ロシアの戦争。その戦闘地域はドナウ川周辺、クリミア半島さらにはカムチャツカ半島にまで及んだ近代史上稀にみる大規模な戦争であった。この戦争により後進性が露呈したロシアでは抜本的な内政改革を余儀なくされ、外交で手腕を発揮できなかったオーストリアも急速に国際的地位を失う一方、国を挙げてイタリア統一戦争への下地を整えたサルデーニャや、戦中に工業化を推進させたプロイセンがヨーロッパ社会に影響力を持つようになった。
[電信・電話] オーストリアのギントルが1本の電信線で上りと下りで2信号を伝送する回路を考案。その原理は現在の電活が1本の電話線に送話機、受話機が接続されているのと同じ。
[海底ケーブル] イギリス、ベルギー、デンマークを結ぶ北海海底ケーブルを布設。
[日本史背景] (安政1年)鎖国の終了。ペリーが2度目の来航をし、日米和親条約(神奈川条約)を結ぶ。下田・函館の2港を開いて、アメリカ船に食料や燃料を与える約束をした。ついで、ロシア・イギリス・オランダとも和親条約を結んだ。
[電信・電話] (嘉永7年)ペリー提督が和親条約締結のため7隻の軍艦で来日。横浜で電信線を250m張り、モールス電信機の実演後に幕府に献上。
[海底ケーブル] 地中海のコルシカ島とサルジニア島間海底ケーブルが完成。
[発電機・電動機] フランスのフーコーがうず電流を発見。
[電信・電話] イギリスのヒューズが28活字回転式印刷電信機を発明。
[海底ケーブル] 地中海から黒海にまで海底ケーブルが布設され、クリミヤ戦争で連合軍が最大限に活用する。
[電信・電話] 実業家シブレーがモールスを援助し、各地の65の電信会社を買収しウエスタン・ユニオン電信会社を設立。
[海底ケーブル] 米国実業家フィールドが大西洋横断海底ケーブル布設を計画し、英国の実業家も出資して8月にアイルランド西岸バレンチアからケーブル布設を開始する。作業10日目でケーブルが切断して失敗。
[電池] (安政5年)佐久間象山が日本で初めてダニエル電池を作る。
[海底ケーブル] 大西洋横断海底ケーブル布設の2回目は、2隻の船にケーブルを積んで大西洋の真中から布設を試みる。しかし、3マイルでケーブルが切断。3回目は200マイルで切断。8月5日、4回目の挑戦でアイルランドのバレンチアとニューファウンドランドのトリニテ間、全長3240kmの布設に成功。8月14日にはイギリス・ビクトリア女王からアメリカ・ブカナン大統領に祝電も送られた。また、アメリカ大陸から帰国しようとしていたイギリス連合艦隊に、イギリスから「帰国するな」という電信が打たれ運航社費5万ドルが節約できたという。ところが9月3日にオペレータが誤まって海底ケーブルに陸上通信用の2000ボルトの電圧を加えてしまう。ケーブルが絶縁不良となり不通となった。
[テレビ] ドイツのガイスラーが真空放電管を発明。
[電池] フランスのプランテが正負極とも鉛を使用した鉛蓄電池(2次電池)を発明。
[電信・電話] ドイツのライスが紙筒と糸を用いた電話機を作る。
[アメリカ時代背景] ~1865年。南北戦争。アメリカ合衆国に起こった内戦である。奴隷制存続を主張する南部諸州のうち11州が合衆国を脱退、アメリカ連合国を結成し、合衆国にとどまった北部(23州)との間で戦争となった。
[電信・電話] アメリカ大陸横断電信線架設工事約6000kmをウエスタン・ユニオン社が完成し開通。
[電信・電話] ~65年。南北戦争の間にアメリカ連邦政府軍は各地に総計24000kmもの電信線を架設し、軍用に使用。
[照明] イギリスのダンジネス灯台に発電機を設置し、アーク放電灯を点灯。
[電信・電話] イギリスを除くヨーロッパ20か国がパリで万国電信条約を結び、国内に限られていた電信線が国境を越えて接続された。このとき正式にモールス電信機の使用が決められ万国電信連合を結成。
[海底ケーブル] 大西洋横断海底ケーブル布設の5回目は南北戦争のために1861年から1865年にかけて一時中止していた。1865年7月に作業を開始。1900km布設したところでケーブルに欠陥部分があるのを発見し、その部分を良品と取り替え作業中にケーブルを海底に落としてしまう。ケーブルの引き揚げにも失敗した。
[ドイツ時代背景] 普墺戦争。プロイセン王国とオーストリア帝国との戦争。実際はプロイセンと、オーストリアを盟主としプロイセンを除名したドイツ連邦諸国との戦いであった。ケーニヒグレーツの戦いでプロイセン軍がオーストリア軍に圧勝し、戦争は急速に終結した。7週間戦争とも呼ばれる。この戦争によってドイツ統一はオーストリアを除外してプロイセン中心に進められることになった。
[発電機・電動機] ジーメンスが自励式直流発電機を発明。
[電信・電話・海底ケーブル] 大西洋横断海底ケーブルは1857年以来5回の失敗を重ねていたが、6度目に布設に成功する。 かつ、5回目のときに海底から引き揚げられなかったケーブルも接続したので同時に2本の海底ケーブルが両大陸間に布設された。イギリスとアメリカが電信線で結ばれる。 祝典が開かれW・トムソンにナイトの号が授与される。
[電信・電話] 実業家シブレーはヨーロッパとカナダ、アラスカ、シベリア経由で電信線で結ぶ計画をたて、サンフランシスコからアラスカまで電信線架設工事を進めていた。しかし、大西洋横断海底ケーブルが66年7月に完成したため工事はアラスカの途中で中止し、アラスカまで架設された電信線は無駄となる。シブレーが1864年にロシア皇帝にアラスカ、シベリアに電信線を架設する許可を求めたとき、ロシア皇帝はアラスカを売却する意向を示していた。シブレーはアメリカ議会を動かし、1867年に米国はロシアから730万ドルでアラスカを買収する。
[日本史背景] (慶応3年)大政奉還。前土佐藩主山内豊信は坂本竜馬らの意見をとり入れ、15代将軍徳川慶喜に政権を朝廷に返すように勧めた。慶喜はこれを受け入れ大政奉還を申し出る。これによって約260年間続いた江戸幕府は倒れ、鎌倉幕府が開かれてから700年近く続いた武家政治は終わりを告げた。
[電池] フランスのルクランシェがマンガン電池を発明(正極-炭素、負極-亜鉛、電解液-塩化アンモニウム、消極済-二酸化マンガン)。
[電信・電話] (明治1年)榎本武揚がオランダ留学を終え、フランス製電信機を持ち帰る。
[電信・電話] イギリス政府が民営電信線総延長25000kmを買収し、電信事業を国営化する。
[電信・電話] (明治2年)寺島宗則の進言により政府が電信業務を行うことを決定。英国から技師を招いて東京・横浜間の電信線架設工事を10月23日(電信電話記念日)に開始。明治3年1月26日に完成し、営業を開始。電信機は文字指示型を使用。その後、明治3年に大阪・神戸間、明治5年には大阪・京都・東京間、同6年には長崎・東京問、同8年には熊本・東京・青森間に電信線が架設される。
[発電機・電動機] グラムが連続運転しても過熱しない環状 電機子形発電機を発明。
[ドイツ時代背景] ~1871年。普仏戦争。第二帝政期のフランスとプロイセン王国(後のドイツ帝国)の間で行われた戦争である。ドイツ諸邦もプロイセン側に立って参戦したため独仏戦争とも呼ぶ。
[電信・電話・海底ケーブル] (明治4年)長崎と上海~ウラジオストック間にデンマークの大北電信会社の海底ケーブルが布設される。大北電信社:Great North Telegraph(GNT社)
[電池] ジーメンスがセレンに白金線を巻いた光電池を発明。
[発電機・電動機] ウィーン万国博にグラムが発電機を出品。運転休止中の発電機に間違えて直流電流を流したところ、その発電機が回転したことから電動機は発電機と同じ構造でよいことを発見。
[テレビ] イギリスのメイがセレニウムの電気抵抗が光の照射によりかわることを発見。それを利用して、アメリカのキャリイが1880年に多数のセレニウムを横一列に並べ、画像並列走査して電送する方式を考案。
[発電機・電動機] 水力によるグラム発電機で出力3.2kWを得る。
[電信・電話] フランスのボードが5単位符号による印刷電信機を発明。
[電信・電話] エジソンが1本の電信線で双方向に各々2通信が同時に伝送できる4重回路を発明。
[電信・電話] (明治7年)電信局に電信を依頼する電信文の文字は、すべてカタカナとし、12月1日施行の日本帝国電信条例に初めて電報という用語を使用する。(明治4年にモールス印字機を輸入し、同5年頃から和文モールス符号を電信に使用)。
[照明] ロシアのヤブロチコフが電気ろうそくと呼ばれる交流アーク灯を発明。
[電信・電話] ベルが電話機を発明。
[日本史背景] (明治10年)日本初の総合大学として東京大学が創立。理学部では数学・物理学・天文学・生物学・化学・工学・地質学・採鉱学であった。
[電信・電話] (明治10年)電話機が日本に輸入され、工部省で実験する。
[電信・電話] ベル電活会社を設立。コネティカット州ニューヘブンで営業を開始。1880年にボストン~プロビデンス間、1885年にボストン~ニューヨーク間、1892年にニューヨーク~シカゴ間に電話が開通。
[照明] アメリカのブラッシュが高圧直流発電機を開発し、オハイオ州クリーブランド市の街路照明にアーク灯を使用。ブラッシュは1880年にブラッシュ電気会社設立。
[照明・電信・電話] (明治11年3月25日) 東京木挽町に中央電信局を開設し全国電信業務を開始。日本全国電信業務開始祝賀パーティ虎の門会場会場で、日本で初めてアーク灯を約3分間点灯(電源にグローブ電池50個使用 。3月25日電気記念日)。
[照明] エジソンが寿命約40時間の実用的な炭素線白熱電球を作る。
[発電機・電動機] ジーメンスがベルリン工業博で小型電気機関車を走らせる。
[電信・電話] (明治12年)万国電信連合に加盟。万国電信連合は1932年から国際無線電信会議と同時開催することとなり、現在の国際電気通信連合ITU(International Telecommunication union)となる。
[磁力] ドイツのワールブルクが鉄は周囲磁界の変化に対する磁束密度変化(磁化の強さ)に履歴現象があることを発見。1891年にイギリスのユーイングがこれをヒステリシスと命名する。
[電信・電話] ベルがイギリスで77年に電話の公開実験を実施し、イギリスに民間電話会社が設立された。しかしイギリスの裁判所で電話も国営電信業務に含まれるという判決が出され、電話業務の開始が遅れる。他のヨーロッパ諸国でもアメリカより電話の普及は遅れた。
[磁力] パリで行われた国際電気学会議で電磁気のcgs単位系を決める。
[発電機・電動機] ベルリン郊外のリヒテンフェルデで世界最初の電気鉄道が営業を開始。
[電信・電話] (明治14年)京都市の津田幸兵衛(現在の岸田電線株式会社の創始者)が、日本で初めて通信用銅電線を製造し工務省に納入。それまでの電線は英米国から輸入した通信用鉄線を使用していた。
[照明] エジソンが日本の竹を炭化した炭素線電球を作る。ロンドン市(1月)とニューヨーク市(9月)に電灯会社を設立し、営業を開始する。
[静電気] イギリスのハーストが静電誘導起電器を発明。
[テレビ] ドイツのニポーがニポー円板とセレニウムを使用した画像水平走査方式を考案。人の目の残光性から、ニポー円板の回転速度を1秒間に50回以上とすると映像を電送することが可能となる。
[電池] (明治18年)屋井先蔵が世界最初の乾電池を作る。その日本特許は明治26年。
[電信・電話] 万国電信連合は結成後20年間で加盟が50か国(日本は1879年に加盟、アメリカは未加盟)となり、加盟国の総電話交換局は1168局になった。まだ長距離電話は実現していなかったので、この年のベルリン会議では電話は電信の付属的通信として扱われる。
[電信・電話] 長距離電信電話回線を運営するアメリカ電信電話会社(AT&T社)が設立。
[発電機・電動機] スタンリーが交流変圧器の実用化に成功。
[照明] (明治19年)東京電灯会社が電気照明の営業開始。
[発電機・電動機] テスラがニ相交流誘導電動機を発明。
[電信・電話] (明治20年)東京~熱海間に電話線を架設し、実用化実験を開始。
[海底ケーブル] (明治20年)ヨーロッパと上海、長崎間海底ケーブルが接続される。
[電池] アメリカのガスナーがマンガン乾電池を発明。
[照明] (明治22年)東京電灯会社がアメリカから発電機や白熱電球などを輸入し、電灯事業を始める。同社技師の藤岡市助が白熱電球の国内生産を志し、当時国内で唯一発電機などの電気機器を製作していた三吉正一や東京電灯会社に協力を求め、合資会社白熱舎を設立。電球製造機を輸入して東京電灯会社倉庫の一隅で電球の試作を始める。
[発電機・電動機] ドブロウォルスキーが三相交流非同期電動機を発明。
[電信・電話] (明治22年)東京~熱海間の電話を一般使用に開放。1通話5分で15銭。
[計算機] アメリカのホレリスがパンチカードを使った集計機を考案。1890年米国勢調査結果の分類と集計をする。ホレリスは1896年にPCS(パンチ・カード・システム)統計機製造会社CTR(コンピューティング・タビュレーティング・レコーディング)を設立。
[電信・電話] (明治23年)東京~横浜間で電話業務を開始。使用料年40円(当時コメ1升が5銭)。
[テレビ] エルスターとドイツのガイテルが光電管を発明。真空ガラス管中に光が照射すると光電子を放出するアルカリ金属の陰極電極と、その光電子を検出する陽極電極を封入したものである。
[発電機・電動機] ドイツ・フランクフルトの電気博で約120km離れたハイブロンから15000V、三相交流送電に成功。博覧会終了後に送電線路を実用する。
[電信・電話] ロンドン・パリ間に電話が開通。
[電信・電話] ストロージャーがステップ・バイ・ステッブ式自動交換機を発明。1899年にダイヤル式電話機が開発されて自動電話交換機が完成し、使用を開始。ストロージャーは中小企業の経営者で電話交換手がしばしば誤接続することに腹をたて、ステップ・パイ・ステップ式自動交換機を開発した。
[電信・電話] (明治24年)呼子・対馬海峡間海底ケーブル施設。権利を大北電信社より8万5千円で買いとる。
[計算機] スウェーデンのオドナーが歯車式手回し計算機を完成させる。
[照明] トムソン・ヒューストン社(ブラッシュ電気会社を合併した電球製造電灯会社)とエジソン電灯会社が合併し、ゼネラル・エレクトリック(GE)社を設立。
[発電機・電動機] スタインメッツが複素数を考案し、交流回路理論を確立。
[日本史背景] ~1895年(明治27年~)日清戦争勃発。主に李氏朝鮮をめぐる日本と清朝中国の戦争であった。
[無線] イギリスのロッジがコヒーラ検波器を発明。
[発電機・電動機] ウェスチングハウス社がナイアガラ瀑布発電所に二相交流発発電機(3750kW)を納人し、バッファローまで交流送電を開始。
[無線] ロシアのポポフとマルコーニが、それぞれ無線通信の実験に成功。
[照明] (明治29年)本格的に電球の生産販売を図るため白熱舎を吸収する形で東京白熱電灯球製造株式会社を設立(社長三吉正一)。しかし、その製品価格は輸入品より高く、品質も一様でなかった。
[電信・電話] 各国の国際電話取次業務が次第に増加したことから、万国電信連合ブタペスト会議で1通話3分として国際電話取次料金を算出することを決定。
[無線] マルコーニがイギリスで無線通信の公開実験を実施。
[無線] (明治29年)逓信省電気試験所で無線電信の研究に着手。
[電池] (明治30年)島津源蔵が容量10Ahの鉛蓄電池を作る。
[電信・電話] (明治30年)日本最初の電話ケーブル(鉛披25対紙絶縁0.8mm銅線)が東京大手町~呉服橋間600mに架設される。電話機の普及とともに街の架設電話線本数も増し、見苦しい状態となっていた。
[無線] マルコーニがロンドンで無線電信会社を設立。
[テレビ] ドイツのブラウンがブラウン管(冷陰極線管)を発明。これにより映像を高速走査し、光の明暗を電気信号に、電気信号を光の明暗に変換するテレビの基礎技術がそろったことになる。しかし、ブラウン管を熱陰極とし、蛍光面の発光輝度を高めて受像管として使用できるようにするまでには、まだ年月を要した。
[磁力] フランスのピエール・キュリーがキュリー温度を発見。
[磁力] デンマークのポールセンが鋼線式磁気録音機を発明。
[無線] イギリス・リバプール大学物理学教授のロッジが同調回路の原理を発表。
[照明] (明治32年)新しい電球製造機を米国より輸入し製造技術の改良を図る。社長が藤岡市助と交替し社名も東京電気株式会社と改める。
[電池] スウェーデンのユングナーがユングナ蓄電池(電解液がアルカリ性の2次電池)を発明。
[電信・電話] (明治32年)東京~大阪間の長距離電話運用を開始。
[無線] マルコーニが同調回路を導入し。無線通信の伝達距離を伸ばしてイギリス~フランス間の無線通信に成功。アメリカの客船セントポール号に無線通信機を設置。アメリカ・ニュージャージーにマルコーニ無線通信会社を設立。
[無線] (明治33年)千葉県ハ幡に42m送信アンテナをたて、16km離れた津田沼の16mのアンテナで受信に成功。
[無線] 5月頃からイギリス、イタリア、カナダ、ベルギー、アイルランドにマルコーニ無線局を開設。12月12目、マルコーニが英国ポルドゥとカナダのセントジョンズ間、4300kmの大西洋横断無線通信に成功。
[照明] アメリカのヒューイットが水銀灯を発明。
[照明] (明治35年)従来、電球バルブをガラス会社から購入していたのを自社生産することとし、それまでのソーダガラスを鉛ガラス使用に改め好結果を得る。
[無線] マルコーニが磁気検波器を発明し、到来電波をレシーバー(受話器)で音として検知する。
[電池] (明治36年)日本海軍が完成させた無線通信機の電源用として、島津源蔵が鉛蓄電池を直列接続し、1ケース24Vにまとめる。
[無線] アメリカのフェッセンデンが希硫酸電解液中に白金線電極を設けた電解検波器を発明。ドイツでは無線通信機製造会社テレフンケンが設立される。マルコーニは自社の無線通信機製造販売のライバルが出現したことからマルコーニ無線会社が、外国に販売した無線機にもマルコーニ杜の無線通信士を配属し、他社の無線機との交信を禁止して、世界の無線通信独占を図った。これにドイツ、ロシア、アメリカなどが反発し、その対応策を協議するためイギリス、イタリア、スウェーデンなど9か国の代表をベルリンに招いて、国際無線通信条約を結ぶための予備会議を開く。
[無線] (明治36年)10月長崎県三重村と台湾の基隆市近郊ハ尺門間約1000kmで長距離無線電信の実験を実施。夜間は通信できたが昼間は不感。同年、日本海軍36式無線機を完成させ、連合艦隊32艦すべてに装備する。
[日本史背景] ~1905年(明治37年~)日露戦争勃発。大日本帝国とロシア帝国とによる朝鮮半島と満州を主戦場とした戦争であった。
[無線] フレミングが二極真空管を発明。
[照明] (明治38年)ゼネラル・エレクトリック社と融資および技術提携の調印。この頃から東京、大阪、名古屋で電球製造業者が次々と開業した。
[静電気] アメリカのコットレルが静電気集じん装置を発明。
[無線] (明治38年)5月27日早朝、日本海海戦で哨戒艦信濃丸が旗艦三笠まで通信可能な距離(150km)よりはるかに離れた海上で敵艦隊を発見。「敵艦見ゆ」の電信は、その中間海域を哨戒中の軍艦厳島が中継して旗艦三笠に通報された。
[無線] アメリカのフェッセンデンとアメリカのアレクサンダーソンがニューヨーク近郊で高周波発電機(80kHz)を使って無線電話(ラジオ放送)の実験に成功。
[無線] アメリカのダンウッディが鉱石(Sic)検波器を発明。アメリカのピッカードも鉱石(Si)点接触(探針)型検波器を発明。
[無線] (明治39年)第1回国際無線電信会議をベルリンで開催( 日本を含む29か国参加)。1000kHzと500kHzは海上公衆通信に、500~188kHzは公衆通信以外の通信に、188kHz以下は海岸局の通信に使用することを決める。遭難救助要請信号は、500kHzモールス無線電信で「SOS」とすることも決定する。他社無線機の電波でも交信する義務づけは、イギリス、イタリアの反対で不成立。
[無線] アメリカのド・フォレストが三極真空管を発明。当初は寿命50時間だったが、高真空にすることと酸化物塗布フィラメントを使用することにより6年後には寿命1000時間となる。
[無線] (明治41年)5月16日千葉県銚子市に最初の無線電信局(海岸局)を開設。船舶には官設の無線電信局を設置する。
[計算機] (明治42年)逸見三郎が計算尺を発明。二つの目盛尺の間にはさまれた目盛尺を動かし求める数値に日盛を合せることにより、乗除、累乗、累乗根など簡単に求めることができる。
[照明] フランスのクロードがネオン灯を発明。
[照明] ゼネラル・エレクトリック社のクーリッジがタングステン線の製作に成功し、タングステン線電球を開発。
[照明] (明治43年)ゼネラル・エレクトリック社がタングステン線電球を開発したが、ゼネラル・エレクトリック社はその改良を目的とした研究会を作り、同社および世界各国で同社と技術提携している会社が以後製作するタングステン線電球に「マツダ」の商標をつけることとする。マツダはゾロアスター教(ペルシャ)の主神で、世界をあまねく照らす光の象徴、アフラ・マツダに由来する。
[照明] (明治44年)東京電気が「マツダ」の商標をつけたタングステン線電球の生産販売開始。なお東京電気はその後、昭和14年に芝浦製作所と合併して社名が東京芝浦電気となり、昭和59年に現在の東芝と社名変更する。
[無線] (明治44年)米国無線法により2名以上の無線通信士が乗船することになる。
[無線] 第2回国際無線電信会議をロンドンで開催。イギリスの豪華客船タイタニック号が二ューファンドランド沖で氷山と衝突し、SOSを発しながら沈没した3ヵ月後であった。このことからマルコーニ無線会社も他社との交信を受け入れる。無線電話での遭難を知らせる言葉は「MAYDAY」(フランス語の”私を助けてくれ”と回じ発音)とすることを決める。
[無線] (明治45年)TYK式無線電話機を発明(鳥潟右一、横山英太郎、北村政治郎)。
[照明] ゼネラル・エレクトリック社のラングミュアがガス入りタングステン線白熱電球を開発。
[無線] (大正2年)瞬滅式無線機の使用を開始し、従来式のものは改修時に順次取り替える。
[ヨーロッパ時代背景] 1918年。第一次世界大戦。初めての世界規模の大戦争である。ヨーロッパが主戦場となったが、戦闘はアフリカ、中東、東アジア、太平洋、大西洋、インド洋にもおよび世界の大多数の国が参戦した。
[無線] (大正3年)TYK式無線電話、三重県鳥羽と神島、答志島で運用を開始。
[無線] アメリカ、ウエスチングハウス社のハートレーが真空管式発振器を発明。
[無線] (大正4年)船舶の無線電信局開設数が多くなり、官設局から私設局に切り替える。
[磁力] (大正5年)本多光太郎が強力磁性材、KS鋼(Co、Cr、Wを含む高炭素鋼)を発明。
[磁力] アメリカのエルメンが高透磁率磁心材、パーマロイ(Fe-Ni今金)を発明。
[電池] フランスのフェリーが、正・負極、電解液はブンゼン電池と同じで、消極剤として空気を使用する空気電池を発明。
[無線] (大正6年)真空管式無線電話の使用を開始。
[無線] (大正7年)東京電気株式会社(東芝の前身)が真空管の生産を開始。
[無線] (大正7年)漁船の遭難が多発していたので日本最初の漁業無線機(瞬滅式)がロシア領海域水産組合の鵬丸に設置される。大正15年には無線機装備の漁船が90隻となる。
[電池] (大正8年)島津源蔵が鉛蓄電他の負極用微細粉末鉛の機械的製法を発明し、従来より短時間かつ低価格で負極製作が可能となる。
[無線] アメリカのアームストロングがスーパーヘテロダイン受信方式を発明。
[無線] (大正8年)東京、横浜、大阪、神戸で搬送式電信電話装置を実装し、試験運用する。搬送周波数20kHz、50kHz。
[無線] 実用的な電力増幅三極真空管(出力50W、250W、500W)が米国で製作される。
[無線] アメリカのゴットレイが米国から送信されたアマチュア無線の短波をスコットランドで受信し、無線通信に利用価値がないと考えられていた短波が見直される。アメリカのハルがマイクロ波の発生が可能なマグネトロンを発明し、1924年に特許を取得。
[無線] アメリカ、ウェスチングハウス社のKDKA局がピッツバーグからラジオ本放送を開始。
[無線] (大正11年)福島県原町送信所の対米国用無線電信局に、芝浦製作所製のアレキサンダーソン高周波発電機(出力400kW、500V、19.6kHz)の使用を開始。
[無線] ノース・ウェールズ・カーナーボンのマルコーニ無線局が、真空管(24本×2)を直並列接続して送信出力管として使用。これが送信に真空管が使われた最初で、プッシュプル電力増幅回路は1920年に発明されていた。1924年に英国本土とオーストラリア間の短波無線電信に成功。
[無線] (大正12年)1月神戸港で船と港(無線)、港と一般加入電話(有線)の接続を行い、船内から一般加入電話との通話が可能となる。
[無線] (大正12年)6月銚子無線局送信機をマルコーニ真空管式に取り替えて使用。小型船舶は出力数十ワットの真空管式送信機を使用するようになったが、大出力のものは大部分が瞬滅式送信機の使用が続く。
[無線] RCA(米)がロンドン・ニューヨーク間の無線による写真電送実験に成功。
[計算機] (大正13年)大本寅治郎が歯車式手回しの「タイガー」卓上計算機を完成。
[照明] (大正14年)不破橘三が電球ガラス内面をフッ素で粗面としたつや消し電球を開発。現在のつや消しは1949年に米国で開発された内面シリカ塗装となっている。
[無線] (大正14年)ラジオ放送開始。東京放送局(3月)と大阪放送局(7月)は、それぞれ芝浦の東京高等工芸学校および三越呉服大阪支店屋上の仮設備で、名古屋放送局(7月)は、南外堀町の本設備で放送を開始した。東京は同年7月に愛宕山の、大坂は翌年上本町9丁目の本設備に移転した。放送周波数は東京800kHz、大阪799kHz、名古屋833kHzで送信出力1kW。東京、大阪はアメリカ、ウエスタン社製、名古屋はマルコーニ社製送信機(国産送信機は昭和5年開局の福岡放送局で安立電気製使用が最初)。
[テレビ] (大正14年)高柳健次郎が浜松高等工業学校でテレビジョンの研究開発に着手。翌年には早稲田大学の山本忠興、川原田政太郎もテレビの研究開発を開始する。ドイツ、アメリカ、イギリス、ロシアでは、第一次世界大戦終了後の1920年代の初め頃からテレビ実験が行われていた。
[無線] (大正15年)束京、大阪、広島、金沢、札幌、鹿児島各郵便局に連絡用短波無線電信機設置。大正14年にドイツのナウエン局放射の短波受信試験の申し入れがあり、岩槻受信所で受信したところ、好成績だったので日本でも短波(波長40~50m)の使用を開始する。
[テレビ] 1月、イギルスのベアードがロンドンで世界最初の有線テレビ公開実験に成功。ベアードのテレビ装置は、送・受像ともニポー円板を使用し、送像用円板と交流発電機を直流モータで同一回転させ、その交流で同期モータに直結した受像用円板を回転させた。受像の電光変換には放電管を使用。7月には無線によるテレビの送像、受像にも成功している。
[無線] 第3回国際無線電信会議をワシントンで開催。80か国代表と64企業、放送機関がオブザーバーとして参加。10kHz~22.3MHzの周波数を、放送、航空通信に割り当てる。
[テレビ] (昭和2年)9月、高柳健次郎がニポー円板とブラウン管を使用し、有線による「イ」の字の送像、受像に成功。
[無線] アメリカで100kW水冷式送信管が開発される。
[磁力] (昭和5年)加藤与五郎、武井武が、現在フェライト磁石と呼んでいる酸化金属焼結磁石を発明。
[照明] (昭和6年)三浦順-が2重コイル・タングステン・フィラメント電球を開発。
[磁力] (昭和6年)三島徳七がKS鋼より強力な磁石鋼(Fe-Al-Ni合金)を発明。これをMK鋼と呼び、後にゼネラル・エレクトリック社がMK鋼にCoを添加して改良し、アルニコ(Al-Ni-Co)磁石として生産するようになる。
[無線] 国際電話電信会社がイギリス・ドーバー~フランス・カレー間で世界最初のマイクロ波(1.6GHz)商用通信を開始。送受信に直径3mのパラボラ・アンテナが使用された。
[テレビ] 逓信省電気試験所の曽根有が飛越走査方式を発明。1933年に特許成立。
[照明] オランダのフィリップス社がナトリウム・ランプ(低圧放電灯)を発明。
[磁力] (昭和7年)増本量、山本達治(東北入学)が高透磁率高周波用磁心材センダスト(Fe-Al-Si合金)を発明。
[無線] 第4回国際無線電信会議と第13回万国電信会議をマドリッドで共同開催。国際電気通信連合(ITU)と名称変更。航空通信用割当て周波数上限を28MHzに拡大。
[無線] アメリカのアームストロングがFM(周波数変調)方式を発明。
[テレビ] アメリカのツォルキンがテレビ用撮像管アイコノスコープを発明。ニボー円板などによる機械的走査では、きめの細かい映像が得られなかったが、アイコノスコープの発明により電子式走査が各国でも開始され、ドイツ、ロシア、フランスなどでテレビ実験放送が開始された。
[ドイツ時代背景] ヒトラー、総統に就任。
[無線・テレビ] ドイツがベルリンで世界最初のテレビ定期放送を開始。11月には、フランスもエッフェル塔から定期テレビ放送を開始したが、いずれも走査線は180本。
[テレビ] 8月第11回オリンピック・ベルリン大会をテレビで実況放送する。ドイツでは翌年から走査線を441本とし、フランスは1938年に455本とした。英国は1935年から走査線240本と405本の実験を1日交替で送信し、1937年に405本に統一、BBCがジョージ六世戴冠式をテレビ中継放送した。米国は1936年に標準方式として343本を決定したがすぐ441本に改正し、1941年には525本に再度改定した。そして7月から正式放送が開始された。日本では1938年に暫定標準方式として441本、毎秒25枚を決定し、1939年に初めてNHK技術研究所から45MHzで実験電波を発射した。1941年5月から週1回の定期実験放送を開始したが、この実験放送は第二次世界大戦のため6月末には中止し、各国もテレビ放送や実験研究を中止した。米国ではNBCとCBSは放送を中止したものの6放送局は戦争中も放送時間を週6時間に短縮しテレビ放送を続けていた。第二次大戦後、戦勝国はテレビ放送を再開したが、日本はGHQによりテレビ、レーダなどの研究を禁止された。しかし1946年(昭和21年)6月にはテレビの研究は解禁となった。
[照明] ゼネラル・エレクトリック社のジョージ・インマンが蛍光灯を発明。日本では1940年から東芝が生産を開始。
[磁力] ドイツでテーブレコーダが開発されラジオ放送に使用開始。
[静電気] アメリカのカールソンが静電気を利用した複写技術を発明。1942年に特許が確立し、1947年にカールソン発明の複写機の実用化にゼロックス社が着手。
[無線] ITU第1回電信電話無線通信主管庁会議をカイロで開催。熱帯地域は雷放電による雑音電波発生が多いためラジオ放送用に25.6~26.6MHz、アマチュア無線用に28~30MHzを割当。30~200MHzをテレビ、航空、ラジオゾンデ、アマチュアその他固定、移動業務用に割当。
[ヨーロッパ時代背景] ~1945年。第二次世界大戦。世界の主要国が二つの陣営に分かれて戦争を行なった人類史上二度目の世界大戦を指す(大きく分けるとヨーロッパ戦線とアジア・太平洋戦線(大東亜戦争)の2つ)。人類史上最大の戦争となった。
[無線] アメリカ、ゼネラル・エレクトリック社のハーンとメトカーフがマイクロ波増幅用のクライストロン(速度変調管)を発明。スタンフォード大学のバリアン兄弟が空胴型を提案。
[電池] アメリカのルーベンが軍用の小型長寿命の水銀電池を発明。米国ではこのあと、酸化銀電池、アルカリ・マンガン乾電池も実用化する。日本ではボタン型の水銀電池は昭和30年頃から、アルカリ・マンガン乾電池は昭和35年頃から、酸化銀電池は昭和47年頃から生産を開始。
[照明] ドイツのシュルツがキセノン・アーク灯を発明。
[無線] イギリスのコンフナーが進行波管(TWT)を発明。米国ではゼネラル・エレクトリック社が4GHzまで使用できる板極管を開発。
Last Update 2007/09/01
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