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キャベンディッシュ (Cavendish, Henry)

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キャベンディッシュという人は

ヘンリー・キャベンディッシュ ヘンリー・キャベンディッシュ

イギリス 1731~1810

水素の発見

沈黙の科学者

二代デヴォンジャー公爵の三男であるチャールズ卿の長男という恵まれた出生であった。病弱な母親の滞在先であったフランス、ニースで生まれ、弟の誕生とともに2歳で母親を亡くした。ケンブリッジ大学に入学するが卒業はせず、ロンドンで実験好きな父のもとに住み着いてその手伝いをはじめる。これが科学への目覚めとなった。

多くの研究業績をあげるが発表したものはほんの一部であった。大の女嫌いで生涯独身、科学者仲間ですら必要なときのみ、限られた人とだけしか接しなかった。極端に社交を嫌い、王立協会の会合にたまに顔を出す程度しか外出しなかったという。

彼の功績は死後約100年後、マクスウェルによって整理され、1879年に刊行された。有名なものでは水素の発見、オームの法則、帯電体の斥力・吸引力(クーロンの法則)、誘電率の測定(ファラデーの静電誘導)火花放電の強さは電圧よりも電流に関係するなどなどがある。

キャベンディッシュの主な経歴

1766年、水素を発見する。ある種の金属に酸を作用させると、非常に燃えやすい気体が発生することに気がついた。当初は”火の空気”と呼んでおり、密度が空気の1/14しかないことも発見している。

1773年、静電容量の概念を確立する。蓄電器の容量・誘電率・電圧・電気分布の概念を確立。蓄電器に蓄えられる電気量が電極の面積に比例し、介在物の厚さに反比例すること、介在物としては、空気より誘電率が大きい物質が数多く存在することを発見する。

1784年、水素と水の関係を発見する。水素を容器内で燃焼させると容器の冷たい部分に液滴が付着した。この液体を調べたところ正体は水であり、水素と酸素が化合して水になるとキャベンディッシュは結論する。この実験を耳にしたラヴォアジェは”水をつくるもの”を意味するギリシャ語から水素(hydrogen)と名づけた。

ヘンリー・キャベンディッシュ

気体や電気について重要な発見をしたが、それらは自分の私的財産であると言って生存中に発表したものは2件のみである。にもかかわらず1760年にはロンドン王立協会の会員になり、1766年にはコプリ・メダルを受賞し、1803年にはフランス科学アカデミーの8名しか選ばれない外国会員の一人に選ばれている。

デービーが述べたキャベンディッシュへの追悼文にこんな言葉があった。「キャベンディッシュは極めて特異な性格をした偉大な人物であった。彼は見知らぬ人がそばにいると不安になるようで、困惑のあまり、はっきり言葉を発することができなくなった。そうではあるが、キャベンディッシュは大変に聡明で学識が深く、同時代のイギリス哲学者の中で最も才能豊かな人物であった。」

質素な生活を好んだ、というよりは研究以外に興味がなかったキャベンディッシュ晩年の資産は大英銀行の筆頭預金者となるほどであった。1774年、七代デヴォンジャー公爵の寄付によりケンブリッジ大学内にキャベンディッシュの名を冠する研究所が発足する。初代所長はマクスウェルであった。

Last Update 2010/09/05

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