電気史偉人典では電気の歴史に名を残す偉人たちを紹介しています
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ウィリアム・クルックス
イギリス 1832~1919
陰極線の荷電粒子性を確認
ロンドンの仕立て屋に生まれ、王立化学大学を卒業したあと有機化学者ホフマンのもとで学ぶ。少年時代から自分で実験室をつくって実験する熱心さであり、金属元素タリウムはクルックスが発見した。 キルヒホッフの分光学研究に惹かれて物理学に転向する。
1874年、クルックス管の発明。ガイスラー管より放射線がよく観察できるよう改良した放電管で、0.1Torr以下に減圧した気体を封入する。陽極に電池正極から誘導線輪を経て電流を通じると、管壁は蛍光を発した。この蛍光は陰極から何かの線が出て管壁に当たるためとクルックスは考えた。
ラジオメータ
1875年、ラジオメータの発明。真空中に羽根のついた車を入れた装置で、その羽根の片面は熱を反射するようによく磨き、他の片面は熱を吸収するように黒く塗ってある。これに太陽光線などの放射線が当たると車はゆっくりと回転するが、容器の真空度を高くすると回転が停止するといった装置である。回転は真空中に残っている電気の分子が、羽根車の黒く塗られた面ではよく磨かれた面よりも強く反射して車に反動を与えるためと当時は考えられた。 これは気体分子運動論にとって新しい証拠を提供したことになり、マクスウェルは気体分子運動論の立場からこの原理を説明する。
クルックス管
1876年、陰極線の直進する荷電粒子性を確認。クルックス管を用い、ゴールドシュタインが陰極線と名づけた放射線の特性を確認する。陰極から飛び出した放射線は、その通路に物体を置くとはっきりとその物体の影をつくる。 また、通路に羽根車を置くと羽根車を回転させることから、陰極線は分子の流れであると考えた。ヴァーレイの荷電粒子説を支持するクルックスはなおも研究を続け、陰極線が磁界の影響を受けて曲がること、陰極線どうしは反発しあうこと、焦点を結ぶことなどを確認する。 これらの結果から、陰極線は電磁波ではなく直進する荷電粒子の流れであると確信するに至る。
19世紀後半では最も優れた実験家といわれている。陰極線の研究はドイツのプリュッカーやヒットルフが先駆者なのであるが、系統的な整理と劇的な発表によりクルックスが第一人者であるような評価になっているようだ。
物理学に留まらず、様々な分野における研究を行った。テンサイからの砂糖製造、フェノールの防腐作用、ダイヤモンドの合成、都市の下水処理、織物の染色という幅の広さである。1897年にナイトに叙せられ、1910年にはメリット勲章を受章。1913年にロンドン王立協会の会長に就任した。
ファラデーの有名なクリスマス講演”ロウソクの化学”。この記録者がクルックスだった。晩年は心霊現象の研究に携わり、心霊現象研究協会の創設メンバーに加わる。1896年には同会の会長に就任し、こちらでも有名である。
Last Update 2010/07/18
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