電気史偉人典では電気の歴史に名を残す偉人たちを紹介しています
| 前へ | < | 活躍年代順 | > | 次へ | ホーム | > | 国別さくいん | > | ドブロウォルスキー |
ミヒャエル・フォン・ドリヴォ‐
ドブロウォルスキー
ドイツ 1862~1919
三相開発の第一人者
多相機の開発者として名前があがる人物は多い。 有名なのは二相誘導モーターのニコラ・テスラ、回転磁界を発見したとされるフェラリス、二相システムと三相システムの特許を出願したハーゼルワンダー、 多相発電機と同期電動機について特許を出願したブラッドリーなどがあり、多相機の開発は各所で同時期に進められていた。
1887年、交流理論の基本命題を確立する。カップが変圧器の研究から導き出した交流起電力の算術平均値の公式を発展させたものとなる。
周波数と巻線数が与えられていれば、磁束の大きさは電圧の値によって定まる。
磁束が正弦波的に変化すれば、発生する電圧も正弦波になる。 また、磁束変化と電圧変化の間には90°の位相差がある。
磁束と同相の電流は鉄心を磁化するために用いられるとして、この電流を”ワットなし電流”(励磁電流)、 巻線の熱損失に消費される電流を”ワット電流”(作動電流)と呼ぶことを提案した。
1889年、ドブロウォルスキーはフェラリスやテスラの2相交流モーター、また、2相交流の技術を検討し、位相の数を増やすことによって磁束の分布状態を改善できると考えた。 理論と実験でこれを証明し、1889年に100Wの3相交流モーターと3つの鉄心による3相変圧器を開発した。 翌年には3相4線式を確立する。
ドブロウォルスキーの
3相電動機
1891年、フランクフルト博覧会において三相送電システムがお披露目される。 各国製の機械がシステムに組み込まれ、ラウフェン‐フランクフルト間175kmを三相で送電した。 25kV、190馬力を送電したところの効率は74.5%であり、これは驚愕に値するものであった。 ウェスチングハウスの二相システムに代わって三相が基準システムと確立される大きな分岐点であり、この博覧会により直流VS交流、二相VS三相の決着は終末に大きく近づく。 展示したシステムは1892年にハイルブロンに移設して実際に使用しており、これが世界で最初に稼動した3相システムである。
ドブロウォルスキーの送電実験 ラウフェン‐フランクフルト
Last Update 2008/03/23
Copyright(C) 2006-2008 電気史偉人典 All rights reserved