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ジャン・バティスト・ジョゼフ・
フーリエ
フランス 1768~1830
ナポレオンお気に入り数学者
フーリエ級数の導入
中部フランスのオーセールに生まれる。 幼くして孤児となり修道院で教育される。 陸軍兵学校を志望したが、当時は貧困の家からは入学できなかったため独力で数学を研究した。
フランス革命時代に栄えた数学者の一人でナポレオンのお気に入りであった。 ナポレオンについてエジプト遠征に随行し、ナポレオン帝国の知事も務める。 フーリエ級数、フーリエ積分といったフーリエの解析法は、数理物理学の多くの分野で中心的な役割を果たす。
1794年、エコール・ポリテクニクの教官に就任する。
1798年、ナポレオンのエジプト遠征に随行する。
1802年、エジプトより帰国し、収集してきた古代エジプトの遺物を本にして出版するなどの行政的手腕を評価され、同年、ナポレオンからイゼール県知事に任命される。
1808年、ナポレオンより男爵位を授けられる。
1817年、フランス科学アカデミー会員に選出される。
1822年、”熱の解析的理論”を発刊する。 主として熱伝導が扱われ、熱を不滅の流体として考えている。 熱を不滅の流体とする点で熱力学とは抵触してしまうが、熱を近接作用とする最初の一石でもある。 フーリエは熱のように連続的に伝わる作用を扱うための数学的な手法を開発した。 すなわち偏微分方程式と、これを解くために三角関数をつかった級数、いわゆるフーリエ級数の導入である。
”熱の解析的理論”の中で一般にフーリエ級数とよばれる級数を使い、非連続的な関数がSinとCosの無限級数の和として表現できることを証明している。 これは19世紀の物理数学および実変数の関数の研究に大きな影響を与え、 フーリエ級数は今日、現象を数学的に解析する科学、工学において用いられない分野は無いというほど強力な手段となっている。
1827年、アカデミー・フランセーズ会員に選出される。
ラザール・カルノーやモンジュらと共に、積極的にフランス革命に関わった。 ライプツィヒの戦いで敗れたナポレオンはエルバ島へ流されるが、フーリエはラプラスらとともに寝返ってルイ18世に忠誠を誓う。 フーリエの晩年はナポレオンに最後まで従ったため悲惨な末路を辿ったモンジュなどと比べれば、名誉に満ちたものであったといえる。
Last Update 2008/03/23
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