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ホイヘンス (Huygens, Christiaan)

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ホイヘンスという人は

クリスティアン・ホイヘンス クリスティアン・ホイヘンス

オランダ 1629~1695

振子時計の発明

光の波動説提唱

1629年、オランダのハーグに生まれる。資産家で政治家でもある父コンスタンティンから教育を受けた後、ライデン大学で数学を学ぶ。 デカルトは父の友人であり、たびたび家に訪れていた。その哲学に強く影響される。 1655年、26歳でライデン大学を卒業する。このときは法学も終えていたという。卒業後パリに渡りパスカルらと面識を得る。

ホイヘンスの主な経歴

1655年、ケプラー式屈折望遠鏡の改良を行う。 新しいレンズの研磨法や、色収差の改善として2つのレンズを組み合わせるといった改良を施し、 従来の望遠鏡よりも色収差が少なく、分解能の優れた改良型ケプラー望遠鏡を完成させた。当時レンズ磨きは専門家ではなくても行っていたが、ホイヘンスは中でも腕が良かったらしい。 ホイヘンスの望遠鏡は口径5.7cm、両レンズの間隔が3mであり、一般に筒に納めるという形態ではなく、対物レンズ、接眼レンズを空間的に配置するものが多く、 このため空気望遠鏡と呼ばれた。ホイヘンスの望遠鏡は当時では最良レベルのものであった。

1655年、土星の環を確認する。 望遠鏡で土星を観察すると他の天体にはない特徴があった。最初にこれに気がついたのはガリレイであるが、それまで”土星の腕”(球体にでっぱりが見えたので) と呼ばれていたものを”環”であることを確認したのがホイヘンスである。 ホイヘンスによれば「土星は平らな薄い環に囲まれており、この環は土星とは接触せず、横道に対して傾いている」ということである。 環の正体が固体ではなく、小さい破片の集まりであることは後にマクスウェルが証明した。

1656年、振子時計を発明する。振子の等時性についてもガリレイが先行した。ガリレイは振子を利用した脈拍計を作ったが、時計については成功しなかった。 ホイヘンスはデカルトの”振動の中心”の考案を発展させる。 振子を正確に等時間隔で振動させるためには、サイクロイド曲線に沿って振動させる必要があった。 振子の構造を改め、その周期が振幅によらず一定であるように振動させる方法を考案し、振子時計を完成する。 これにより、細かい時間の測定が可能になり、ホイヘンスの名声はヨーロッパ中に広がった。

ホイヘンスの振子時計

ホイヘンスの振子時計


1664年、フランスの財務相であったジャン=バティスト・コルベールが研究の援助を申し出たことにより、パリに移住する。 フランス科学アカデミー創立の際には高額の年金と専用の住居、実験室が与えられ、いろいろな研究が加速していく。 フランス科学アカデミーの組織作りにも貢献した。

振子時計 振子時計

1673年、”振子時計”(Horologium oscillatorium)を発刊する。先述の振子時計以外にも数学、物理学を広く扱っている。 例えば円運動による遠心力や、小振動の周期T=2π√(l/g)などは、ここに含まれている。

1685年、ナントの勅令が廃止され、フランスの頭脳たちは亡命を始める。ホイヘンスもパリを出て、故郷ハーグに戻った。

1690年、”光についての論考”を発刊し、この中で光の波動説を提唱する。 1678年以降、主に光の研究を行ったホイヘンスの集大成となるものであり、光とは粒子であるとするニュートンの”光学”(1672年)とは対になる。 基本的な考えは波面上の各点が新たな波の中心となり、光自体はこれら小波面全体の包絡面上にのみ現れるというものであり、 反射・屈折について妥当なものであったが、干渉と回折については説明できていなかった。 音の伝播との類似性から光は縦波であると考え、1677年には複屈折の説明に成功している。

説明できない部分はあったが、これが光の波動説の基礎となる。 エーテル内を光が振動して伝わっていくという考え方はファラデーマクスウェルヘルツと継がれていく。

クリスティアン・ホイヘンス

数学者としては等時曲線の問題やサイクロイドの縮閉線の性質を解き、微積分についてはニュートンの先触れ的な存在でもある。 ガリレイの時代とニュートンの時代の橋渡し役であり、あらゆる時代を通じて見ても大物理学者の一人と数えられている。

特権階級に生まれ、人間の弱さを見下ろす位置にいることができたホイヘンス。 人間的な弱さをはっきりと見抜き、教会主導の時代にありながらどの教義にも深く関わらない姿勢をとった。

Last Update 2008/03/23

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