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エドワード・H・ジョンソン
アメリカ 1846~1919
エジソンのスタッフの一人
電信の技手でエジソンの電信企業を手伝っていたが、後に電灯事業でエジソンと親しくなる。 エジソン電球工場初期メンバーに名を連ね、1886年にはエジソン電灯会社の社長を任される。
1882年、パールストリート発電所の最初の発電機の試運転に立ち会う。 エジソンがP・T・バーナムの巨象にちなんでジャンボ・ダイナモと名づけた発電機の試運転である。エジソン自ら起動スイッチを押した。 3日後、2号機の並列試験をおこなったが、これは大失敗であった。片方のエンジンが停止し、もう一方は急加速をする。これが1,2号機交互に繰り返され、ものすごい騒音と、色とりどりの火花と炎が飛び交い、さながら地獄絵図のようであった。 多くの従業員を集めて行った並列試験であるが、エジソンとジョンソン以外はみんな逃げてしまった。 二人で復旧したらしい。
1882年、ロンドンのクリスタル・パレスで催された万国電気博覧会でエジソンの展示を主宰し、 エジソンスタッフの一人でベテラン電気技術者であるウィリアム・ハンマーの助けもあり、「あらゆる技術者の感嘆」を引出したという大成功をもたらした。
ロンドンにおけるエジソンの代理人で、ウォール街の金融資本家や貴族たちにエジソンの技術を売り込み、1882年にイングランドで開業したイングリッシュ・エジソン社の大株主となる。
サミュエル・インスルをエジソンの個人秘書に推薦する。
クリスタル・パレス博覧会での発電機
Last Update 2009/01/05
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