電気史偉人典では電気の歴史に名を残す偉人たちを紹介しています
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エルンスト・ウェルナー・
フォン・ジーメンス
鉄鋼用のシーメンス平炉を発明したウィリアム・ジーメンス、蓄熱式加熱法を用いたガラス用のシーメンス炉を発明したフリードリヒ・ジーメンスなど14人いるジーメンス兄弟の長兄。 プロシア軍の技師であったジーメンスは、1847年に磁針式の電信機を改良し特許をとる。 翌年、機械工のハルスケとともに、職工10人、旋盤3台という小さな会社、ジーメンス・ハルスケ社を設立する。
1866年、励磁電流による自励発電機を開発する。 それまでの永久磁石を用いた発電機から脱皮し、電流によって界磁を励磁する方式の最初といわれる発電機を開発した。 自励発電機についてはイギリスのホイートストンやアメリカのファーマーなど同時期に多くの開発があり、誰が先駆者であったのか実のところ定かではない。 設計から開発まで一貫して多くの改良をおこない、実用的な自励発電機にまで仕上げたという点でジーメンスの評価が高い。
ジーメンスの鼓状電機子発電機
1879年、ベルリン商業博覧会で電気機関車を展示する。150Vで3馬力のモーターを使用し、軌道間2フィート、約300メートルの距離を時速12kmで電車を運転した。20人を乗せ、博覧会期間中に10万人を運んだ。 ベルリンの郊外で電気機関車の牽引による電車の試運転に成功し、1881年にはベルリン~リヒテルフェルデ間で、営業電車の運行が開始された。
世界初の電気鉄道(博覧会のジーメンス電車)
1879年、ベルリン電気工学協会設立に尽力し、協会は1894年、ドイツ電気技師連盟の設立を促進する。 研究こそが技術進歩の堅固な基盤であり、国の研究機関が最前線にいるべきだと説き、国立物理工学研究所の設立に5万マルクの寄付をして貢献した。
1881年、ベルリン電気工学協会での講演で、若者たちを電気工学の理論と実際に習熟させるため、すべての工業大学に電気工学の教授職を設けるべきだと訴える。 以後は各工業大学が電気工学教授を置くことになり、ドブロウォルスキーのような指導的技術者を輩出することになる。
学会の設立や電気工学の専門教授を置くなど、人材の育成に大きな貢献をしたジーメンスであったが、アメリカではゼネラル・エレクトリック研究所に代表される企業研究所がめざましい研究成果をあげていた。 人材育成の点で大学が貢献しているのは認めたが、他の手段において遅れをとるのではと心配した。
1920年(ジーメンス死後)ジーメンス・ハルスケ社は物理化学研究所を設立する。
現在ジーメンスの名は、コンダクタンスの単位ジーメンス[S]として、SI組立単位に残っている。
Last Update 2009/01/05
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