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フランク・ジュリアン・
スプレーグ
アメリカの海軍士官であったが、エドワード・H・ジョンソンにホプキンソンの三線システムについての報告書を作るよう頼まれ、 1883年、エジソンのスタッフに加わる。交流システムへの切替を薦めた。
1884年、スプレーグ電気鉄道会社を設立。自作の直流モーターを公開する。
1886年、系統からDC220Vで受電する15馬力の電動機を製作、ボストンの貨物用エレベーターに使用する。
1887年、バージニア州リッチモンドにトロリー方式による市街電車システムを建設する。 歯車伝達機構やバネによる車体支持方式などの基本的問題を解決し、電車の制御にも取り組み、地下鉄や高架鉄道の連結車両を制御するマルチプル・ユニット・システム(複合式制御方式)と呼ばれる制御法を構築した。 電気鉄道網を張りめぐらせるためには電車の車両構成を自由に操作できる必要があり、スプレーグのシステム確立は電気鉄道の発展に大きな貢献となった。 同年シカゴで120両の車両を結合させる実験に成功しており、市街電車の関連技術はスプレーグによって確立されたといってよい。
電気鉄道の発達はヨーロッパよりもアメリカのほうが早い。 その理由として、アメリカには都市交通としてレールの上で馬を引く市街鉄道が普及しており、早くからレールは敷設されていたことがあげられる。 電気鉄道以前には蒸気鉄道が普及するはずであったが、蒸気機関は騒音問題や性能上、人工密集地の交通機関としては適さない。 このためアメリカでは鉄道馬車が普及し、ヨーロッパでは乗り合い馬車が普及したという経緯がある。
Last Update 2008/03/23
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