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学会 (Academy)

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学会とは

科学者たちの安住の場

12世紀よりヨーロッパ中に設立した大学は多分に宗教的な施設であり、アリストテレス哲学が支配していた。 これに異を唱える自然哲学者(今でいう科学者)たちは自分たちが活動するための拠点が必要であり、大学の外に新しい科学の共同体、”学会”を設立した。

学会の起源

学会の起源はイタリア・ルネサンス期にまでさかのぼる。学会の支援者は教会の対抗勢力として都市の政治・経済に支配力を強めていった世俗の富豪たちであった。15世紀前半、イタリア・フィレンツェにはメディチ家の保護を受けたアカデミア・プラトニカが設立される。

1603年には富豪であり植物学者でもあったチェージ公により、アカデミア・デイ・リンチェイが設立される。チェージ公は植物学の実験や珍奇な自然物の収集、さらに養蜂などを行った人物である。 最初に集まったメンバーは互いに近い関心を持った者どうしであったが、定期的に会合を開いたり書簡の交換を行ったことから”異端者”という疑いの目がかけられ、しばらくの間活動を休止する。

1609年、再結成されたアカデミア・デイ・リンチェイにはガリレイも会員として活躍し、”太陽の黒点について”はチェージ公の費用で同学会から出版されている。 活動目的は科学における友愛を確立することであり、そのために、博物館、図書館、印刷所、実験室、植物園を備えた”修道院的ではない修道院”を世界各地に設置しようと試みたが成功はしなかった。

1657年、トスカナ公フェルディナンドは、アカデミア・デル・チメントを設立する。科学者や技術者を集め正式に組織化することを目的としたが、この会が存続したのはわずか10年であった。 共同研究活動を進めた最初の団体であり、成果をまとめた報告が1667年に出版された。

イタリアで誕生した数々の学会の特徴は、支援者が私邸に学者を招いて主催する小規模な会合であった。したがって支援者の死とともに学会は消滅するケースが多い。フランスにもメルセンヌを中心としたサークルが生まれたが、同様にメルセンヌの死によって消滅している。

こういった歴史から1662年にロンドン王立協会が発足する。ボイルを中心に有志が集まり、”神学・形而上学・道徳・政治などには介入しない”との宣言のもと活動を開始する。 4年後にはフランスに科学アカデミーが誕生し、この2つの学会は後に各国に設立される多くの学会のモデルとなる。 個人主義・アナチュア的といった性格のロンドン王立協会は18世紀にイギリスやアメリカで誕生する学会たちの原型となり、国家主導型のフランス科学アカデミーは18世紀にヨーロッパに誕生する学会たちの原型となった。

主な学会の創立年

 

Last Update 2008/01/29

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