電気史偉人典では電気の歴史に名を残す偉人たちを紹介しています
| 前へ | < | 用語集 | > | 次へ | ホーム | > | 用語集 | > | アン女王 |
アン女王
イギリス 1665~1714
グレートブリテン王国初代国王
ジェームズ2世の2女として生まれ、読書や芸術よりスポーツや乗馬を好んだ。 1683年、デンマークのゲオルク王子と結婚する。夫婦仲はよく、合計19回というほど毎年のように妊娠したが、子供はすべて生後すぐか幼少のうちに死亡した。
父王は1672年にカトリックに改宗するが、アンはプロテスタントにとどまる。名誉革命では反カトリック勢力が父を退位に追いこむのを黙認した。 名誉革命により姉のメアリーとその夫のオラニエ公ウィレムがメアリー2世、ウィリアム3世として王位につく。1702年にウィリアムが没しアンが即位した。 アン女王はマールバラ公を深く信頼し、軍司令官に任命して軍事・外交のほとんどをまかせた。
ウィリアム3世の対外積極政策を継承し,マールバラ公を用いてフランスと戦争すると同時に、北アメリカと西インドを舞台にアン女王戦争と呼ばれる植民地争奪戦争を展開した。 これに勝利して植民地と領土を拡大し、1707年にはイングランドとスコットランドの合同が実現する。グレートブリテン王国の誕生である。 アン女王はグレートブリテン王国の初代国王となった。
最後のイングランド女王・スコットランド女王で、最初のグレートブリテン女王、及びアイルランド女王である。 ステュアート朝最後の君主でもある。ブランデー好きであったことから、ブランデー・ナンとしても知られている。
食通・お茶好きでも知られている。お茶好きが高じて特注したという洋ナシ型の銀製ポットは、「クイーンアンスタイル」として紅茶通には有名である。 ポットだけでなく、テーブルウェアなども特注し、ウィンザー城に茶室を作り、日ごと茶を嗜んでいたという。
Last Update 2007/09/01
Copyright(C) 2006-2007 電気史偉人典 all rights reserved