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もともとは海底電信用として開発された
ケーブルはもともとは海底電信用として発展していた。絶縁体としてガタパーチャを使用したものが1880年頃には200[V]に耐えていた。 絶縁体の改良にはジュートをベースに絶縁物を含浸させる方式になり、ついで含浸紙が基本材として使用されるようになる。 アメリカのブルックスがケーブルに油を充填する方式を提案し、機械的な強度を増す点や耐水性などについてはジーメンスやボレルがケーブル被鉛機を発案した。
ケーブル製造の基本は電信用海底ケーブルの延長として整っていったが、理論的な解析は電力独自で必要であった。 電信とは異なる部分も多いため新しい研究が必要であり、1924年の万国動力会議ではフランスのエマヌエリがケーブルの誘電体力率の重要性について論じている。
多軸ケーブルでは電界が絶縁紙層に対して正接方向の成分をもつため、この方向ではケーブルの径方向に比べて絶縁耐力が低くなる。 金属化成紙の導電性遮へい体でケーブルの線心を巻くという対策をとり、混和物を強化するとともに、三相ケーブルの電界を電線の直角方向にした。 この方式は1914年にヘッヘシュテターが発明し、”Hケーブル”の名で知られている。
イタリア・ピッレリ社の技術者、エマヌエリやE.ジョナはイタリアのケーブル技術を世界に轟かせた。 これはイタリア水力発電の発達を背景としたものであった。
Last Update 2008/01/29
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