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電気鉄道 (Electric Railway)

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電気鉄道の歴史

18世紀末にイギリスの炭鉱に設けられた木軌道から次第に進化し、今日の鉄道方式になっている

電気鉄道は、1835年にアメリカでダベンポート(T.Davenport)がボルタ電池を用いた電車の模型を制作し、一般の観覧に供したことに始まる。電気鉄道の実用は1879年のベルリン工業博覧会であった。直流150V・3HP・2極直流電動機で3両の客車を牽引して、時速12kmで運転されている。営業運転の最初は、1881年にジーメンス・ハルスケ(Siemens Halske)社がドイツ・ベルリン近郊のリヒテルフェルデ(Lichterfelde)に電気鉄道を敷設し、一般旅客の輸送を開始している。

日本では、1890年に上の公園で第3回内国勧業博覧会が開催されたときに、会場に設けられた軌道に電車を走らせたのが最初である。営業運転の最初は、1895年の京都市であり、明治の末から大正初期にかけて、京阪神・京浜地方における高速鉄道が相次いで開業されている。

日本国有鉄道が初めて電気運転を行ったのは、甲武鉄道を買収した1906年10月の中央線御茶の水~中野間で、このときの電化方式は直流600Vであった。しかし、その後の輸送量の増加に伴って1200Vに昇圧され、さらに1925年12月に横浜~国府津間を1500Vで電化したのを機に、直流電気鉄道の標準電圧は1500Vとなり、今日に至っている。

一方、1950年頃からの輸送量の増加に伴って電気車も大出力になり、直流1500V方式の限界が予想された。そこで、当時フランス国鉄が試験を進めていた商用周波数による交流電化方式の研究を日本でも進めることにし、1954年から1956年にわたって仙山線で各種試験が行われた。1957年に仙山線仙台~作並間および、北陸本線田村~敦賀間が商用周波数20kVのBT(ブースタートランス:吸上げ変圧器)き電方式で営業運転が開始されている。その後、高速鉄道として東海道新幹線が計画され、使用実績のあるBTき電方式により1964年に開業し、210km/hの高速鉄道が誕生した。

電気鉄道の高速化

電気車が大容量集電を行うためBTセクションが複雑になり、保守の困難等の問題が発生した。そのため、AT(オートトランス:単巻変圧器)き電方式が開発され、1970年の鹿児島本線八代~西鹿児島間の電化、1972年の山陽新幹線大阪~岡山間の電化、1987年の東北・上越新幹線大宮開業に適用され、交流電化の標準となった。既にBTき電方式で営業運転をしていた東海道新幹線においても、き電設備更新により1986年から1991年にかけて、ATき電方式に変更された。さらに、新幹線における用地が狭小な地区に適するき電方式として同軸ケーブルき電方式が開発され、1987年の東海道新幹線き電設備更新、および1991年の東北新幹線東京乗り入れで、東京地区に採用されている。

近年、パワーエレクトロニクス技術の進展によって電気車の動力は、従来の直流電動機から誘導電動機へと開発が進められている。軽量、高粘着、省保守性のため、現在新製される電気車はき電方式の交直を問わず、ほとんどが誘導電動機タイプである。

東海道新幹線の成功により、フランス国鉄でTGV-Aが1990年から300km/hの営業運転を行うなど、各国で鉄道高速化の気運が高まってきている。日本においても1985年から東北新幹線が240km/h運転に、1986年から東海道・山陽新幹線が220km/h運転に、1990年から上越新幹線がトンネル区間限定ではあるが275km/h運転になっている。さらに、誘導電動機駆動方式の電気車により1992年から東海道・山陽新幹線270km/h運転、1994年から東北・上越新幹線で240km/h運転、そして、1997年からは山陽新幹線で300km/h運転が開始されている。その他の新幹線でも350km/h運転を目指した電気車の開発が進められており、今や電気鉄道は300km/hの時代であるといえる。

Last Update 2008/01/29

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